「萎縮せず」の誓い 阪神支局襲撃から39年、語り継ぐ記憶

1987年の阪神支局襲撃事件から39年が経過した。言論を暴力で封じようとした事件を振り返り、現代における報道の自由や記憶の風化を防ぐ重要性が改めて問い直されている。
1987年に朝日新聞阪神支局で記者2人が殺傷された事件から、39年が経過した。3日、兵庫県西宮市の同支局には、事件を知る人々や報道に志を抱く若者らが次々と訪れ、小尻知博記者の遺影に手を合わせて静かに祈りを捧げた。
「言論を暴力で封じようとする社会を、子どもたちに見せてはならない」。かつてこの事件を経験した世代からは、強い懸念の声が上がっている。多くの参列者が口にしたのは、メディアが萎縮することへの警戒感と、自由な言論空間を維持することの重みだった。
なぜ今、この事件を語り継ぐことが重要なのか。それは暴力による言論封殺という「過去の教訓」が、現代社会におけるヘイトスピーチや分断といった対立軸と密接に結びついているからだ。歴史を風化させることは、再び同様の不寛容を許す土壌を育むことと同義と言える。
会場には、将来ジャーナリストを志望する大学生の姿もあった。SNSでの対立が日常化する現代において、他者と異なる意見を受け止め、対話を続けることの難しさと大切さを感じているという。事件を直接知らない世代にとっても、この場所は「表現の自由」の意味を肌で感じる空間となっているようだ。
一方で、事件の記憶が年々薄れていくことへの危機感も根強い。当時の状況を知る関係者が減り、事件を伝える取材そのものも減少傾向にある。社会全体として、過去の悲劇をどのように教訓として蓄積していくかという「記憶の保全」という課題が浮き彫りになっている。
同日開かれた「5・3集会」では、フォトジャーナリストによる講演が行われ、民主主義を歪める不当な弾圧への警鐘が鳴らされた。差別やヘイトが暴力につながるという指摘は、参加者に戦時下と現代の地続きの危うさを改めて意識させる機会となった。
記憶を風化させないことは、単なる追悼以上の意味を持つ。自由な社会を維持するための「意志」そのものだからだ。暴力の連鎖を食い止める力は、私たち一人ひとりが事件の意味を問い続ける日常の中にこそ宿っている。